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父の画想は
 はてもなく童話の世界に遊びます   小杉一雄





伝統手摺木版画
 金太郎 限定150部

監 修

小杉一雄
用 紙越前別漉麻紙
版 木桜材
版数・摺度数40版(板数10枚)
72度摺り
木版画制作高橋工房
彫 師木島重男
摺 師板倉秀継






<額 装>
額 縁桜材 アクリルガラス使用
マット正絹緞子
肌色菱形金欄地
外 箱布製タトウ箱付

<軸 装>
仕 立天地明朝仕立
台紙 正絹古代糾青灰色
上下 正絹支那薄鶯色
軸 先清水焼 古代白
箱 書河相霞舟氏直筆



280,000円(税別・送料込)



「金太郎」監修によせて
早稲田大学名誉教授
小杉一雄
(美術史家)
 父は好んで童話を画題にしました。満開の桜には花咲きの翁を、河原に遊ぶ子供らには小川芋錢さんの河童を、そしてやんちゃな孫には金太郎と、父の画題ははてもなく童話の世界に遊びます。しかし父のひそかな願いは、このような作品によって日本の古きとき姿を、みる人々にお伝えしたいと云うことでした。
 此度この金太郎の連作が朝日新聞の昭和日本画百選の一つに選ばれました。さぞかし父は喜んでいることと思います。
小杉放菴画伯<略歴>
こすぎほうあん
明治14年1881年12月29日栃木県日光に神宮の六男として生れる
明治29年洋画家五百城文哉(いおきぶんさい)の内弟子となりこの頃未醒(みせい)と号す
明治32年上京し洋画家小山正太郎の不同舎に入る(同門に青木繁、萩原守衛)
明治39年国木田独歩の媒酌により相良春と結婚
明治44年「水郷」文展最高賞受賞
大正元年1912年末、渡欧
大正3年横山大観による日本美術院再興に参加、また、二科会に審査員として参加
大正9年日本美術院脱退
大正11年春陽会創立、翌年から放庵と号す
昭和10年1935年、帝国美術院会員となり、放庵を放菴とする
昭和12年帝国芸術院会員
昭和34年同会員辞退
昭和39年1964年4月16日越後赤倉の自宅にて逝去、84歳